映画「フライト」

モデルになった事故「アラスカ航空261便」

映画「フライト」の大きな魅力として、迫力の墜落シーンがあります。水平尾翼に異常が起こり急降下する機体を、主人公が機転を聞かせて操縦し、背面飛行して高度を保って胴体着陸し、被害を最小限にとどめたというものです。この一連の墜落には、モデルとなった事故があります。2000年に起こった「アラスカ航空261便墜落事故」です。この事故もフライトと同じく水平尾翼が故障したことで起こった事故だと断定されており、墜落までの過程で背面飛行したことも分かっています。こういった事故の詳細を見ると、飛行機なんて怖くて乗れたものではないなと思ってしまいます。


事故のあらまし

2000年1月31日、アラスカ航空261便はマクドネル・ダグラスMD-83で運航されていました。フライトプランではメキシコのプエルト・ヴァリャリタ国際空港を出発し、サンフランシスコ国際空港経由でシアトルに向かうことになっていました。261便は午後1時37分、予定通りに出発します。操縦士は離陸上昇中の高度6200フィートでオートパイロットをセットします。しかし、設定上昇率が得られないためにオートパイロットを解除して手動操縦で上昇を続けました。その後高度31000フィート(およそ9500メートル)で水平飛行に移ったのですが、トリム捜査をいくら行っても高度を維持することが出来なかったため、手動で10~20㎏の力を操縦桿を引いていなければならないという状態が続きました。およそ2時間後の午後3時46分ごろ、操縦桿を引かなくてはならない力が5㎏を下回るようになります。そこで操縦士は再びオートパイロットをセットしました。この段階で既にコックピットとアラスカ航空の運行管理者およびメンテナンス担当者の間では車内無線によるやり取りが行われていました。操縦士は管制官とのやり取りで、機体に問題が発生していること、高度を下げたいことを申し出ます。26000フィートまで降下し、20000フィートから25000フィートの間の高度内をブロックしました。この異常の原因は水平安定板が正常に動いていないために起こっていると判明していました。

緊急着陸の要請

午後4時15分、機長は高度維持が困難なため、現在位置から近くかつアラスカ航空のメンテナンス施設があるロサンゼルス国際空港へのダイバート(目的地外着陸)を主張したのですが、運行管理者は本来の目的地であるサンフランシスコまで飛行することを希望しました。次に操縦士は、高度10000フィートまで降下したい旨を伝えます。管制官は17000フィートまでの効果を許可します。最後の交信は、さらに高度を下げたいという申し出でした。17分には許可が下りたのですが、その時にはもうパイロットからの応答はありませんでした。機体が降下するなか、操縦士はアラスカ航空の整備師にコンタクトを取り、問題解決を図ろうとしていました。問題解決のためにオートパイロットを解除したところ、水平安定板の急激な動きを知らせる警報音とともに、機体が突然急降下を始めます。操縦士らの懸命な操縦で、80秒後に何とか安定を取り戻したときには、およそ8000フィートも降下していました。このときの回避操作では操縦桿を60㎏以上の力で引く必要があったのだそうです。この急降下でLAXに緊急着陸することが決定的になり、着陸準備を始めた午後4時19分、衝撃音とともに再び猛烈な機首下げになり、ついには完全に裏返し状態になってしまいます。コントロールを失った261便は、午後4時21分、カリフォルニア州アナパカ島の北およそ4.3キロメートルの太平洋上にローリングしながら墜落しました。

事故後

この事故は他の2機のパイロットに目撃されていました。2機のパイロットたちはそれぞれその瞬間を無線で実況しており、「今海面に激突した」というように述べていたそうです。「激突」という表現からも分かるように、その衝撃はとてつもないものだったと思います。機体は海中であおむけになっているように見えましたが、やがて沈んでいきました。墜落現場とみられるカリフォルニア州ベンチュラ郡マグー岬の近くでは、機体の破片や油膜の帯などが次々に発見されました。湾岸警備隊などが、墜落から約4時間半たった時点で計7人の遺体を収容しました。生存者はおらず、乗客5名と乗員83名、計88名全員が犠牲になりました。


事故の原因 

事故はスタビライザートリムの故障が引き金になっていました。スタビライザートリムとは水平尾翼の角度を変える部分のことです。これが故障したために機首が下がってしまい、急降下して墜落してしまったというわけです。しかし、事故機は1992年に製造されたもので、これまでにスタビライザートリムには大きな故障はありませんでした。では原因はなんだったのか。それは整備不良によるナットの摩耗でした。ボーイング社製MD80系旅客機すべての緊急点検を米航空会社に要請した結果、墜落現場から回収された部品のうち、アクメ・スクリューとナットには摩耗を防ぐための潤滑油が塗られていなかったことがわかったのです。そのためにナットが急激に摩耗し、引きちぎれたねじ山がアクメ・スクリューに巻き付いていたのです。事故原因は不適切なメンテナンスが招いたものでした。なお、動かなくなった水平安定板が途中で一度動き出したのは、トリムモーターが作動したためだったのですが、トリムモーターが作動したことでナットが外れる寸前にまでなり、最後にはトルク・チューブが疲労破壊して垂直尾翼の外壁を破壊し、水平安定板を機首を下げた位置で固定する角度にまで動かしてしまい、ついには操縦不能となって墜落したのでした。

杜撰な管理体制

1997年9月に行われた点検では、事故機の故障部分がちょうどその摩耗限界の許容限界に達していたそうです。整備主任が交換すべきだと指令を出しますが、その後さらなるテストを重ねて安全であると決定され、整備主任の言葉は無視されました。また1998年にアラスカ航空のスーパバイザーが航空機の保守レコードを偽造していたことも分かっています。レコードの偽造はこの墜落事故には直接関係ありませんが、整備不良や事実の隠ぺいという行為がこのような大事故を起こしたことに変わりはないと思います。「事故機は1992年の製造後、いちどもスタビライザートリムの故障などの大きな故障はなかった」と発表されていますが、製造から8年もたっていたら金属疲労があるのが当たりまえです。この事故はメンテナンス不足という起きてはならない人災だったのです。その後、米連邦航空局が同じ型の航空機を緊急点検したところ、23機のスタビラーザーに潤滑油不足や金属摩耗などの異常が見つかったのだそうです。